黄金色の夕刻に包まれた理想都市リヴェルタスで、相互扶助という美名の下に人々の思考を「善意」へと強制し、他者を想う心さえも数値化して管理する究極の互助システムがもたらす、優しくも残酷な精神の檻の真実を追う記者の孤独な戦いの記録。

リヴェルタスの第一街区。そこは、前夜にカイトが彷徨った湿った路地裏とは正反対の、温かな光に満ちた「模範エリア」だった。
空高く掲げられたバナーには、こう記されている。 「FREEDOM IS THE POWER TO THINK OF OTHERS WITHOUT BEING BOUND BY ANYONE(自由とは、誰にも縛られずに他者を想う力である)」
大通りを行き交う人々は、誰もが穏やかな笑みを浮かべ、手に持った本を語り合い、ホログラムの「コミュニティ・プロジェクト」の画面を熱心に操作している。そこには、公園の清掃ボランティアや、独居老人への読み聞かせといった、美しい善意のリストが並んでいた。
記者のカイトは、その光景に言いようのない寒気を覚えた。
彼の視界の隅、脳内デバイスが映し出すARインジケーターには、道行く人々の頭上に浮遊する「共感指数(エンパシー・スコア)」が表示されている。 「あの男性は88点、あちらの女性は92点か……」 リヴェルタスにおいて、このスコアは通貨よりも重要だ。スコアが高い者は優先的に高度な医療を受けられ、理想的な住居を与えられる。そして、スコアを維持するためには、常に「他者を想っていること」をシステムに証明し続けなければならない。
人々が熱心に本を読んでいるのは知識を求めるためではない。その読書ログが「知的対話によるコミュニティへの貢献」として換算されるからだ。彼らが親しげに談笑しているのは、その声のトーンや表情筋の動きが「社会的協調性」としてリアルタイムで採点されているからだ。
「自由とは、誰にも縛られないことだと言いながら、彼らは『善意』という名の最も強力な鎖に縛られている」
カイトは、街角で熱心にホログラムを操作する一人の青年に声をかけた。 「素晴らしいスコアですね。これほど他者のために尽くせるのは、さぞかし自由な精神をお持ちなのでしょう」 青年は完璧な角度の笑みを向けた。 「ええ、もちろんです。システムが私の最良の善意を引き出してくれる。自分勝手な雑念に惑わされず、正しい貢献ができる今の状態こそ、真の自由ですよ」
その瞳に、迷いはなかった。それがカイトには何よりも恐ろしかった。 システムは人々の悪意を排除したのではない。悪意を持つ「自由」さえもコストとして計算し、報酬と罰則によって、人間の内面を「標準的な善意」へと作り替えてしまったのだ。
夕陽が沈み、街が再び人工的な光に照らされ始める頃、カイトは一通のレポートを書き上げた。 タイトルは『沈黙するエゴイズム』。
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「我々は、強制された愛を愛と呼べるのか。管理された善意を自由と呼べるのか。リヴェルタスは、人々から『嫌う自由』や『無関心でいる権利』を奪うことで、美しい剥製のような社会を作り上げた」
彼は知っていた。この記事をネットワークに流せば、彼の共感指数は一気にゼロになり、この黄金の街から追放されるだろう。だが、自分の内側から湧き上がる、この「正しくない怒り」こそが、今のこの街で唯一、誰にも管理されていない本物の自由であると彼は確信していた。
カイトは送信ボタンを押し、眩しすぎる街の光から逃れるように、夜の闇へと足を踏み出した。




























