無数の回廊に許可された自由だけが行き交う都市で、禁書に刻まれた一行が記者の視界を反転させた――見えない鎖の起点を探す記録『見えない鎖 ― 現代自由論異譚:リヴェルタスの記者』

都市リヴェルタスは、上空から見れば完璧だった。
幾何学的に組まれた回廊は無限に交差し、重力を忘れたような高さにまで伸びている。人々はそれぞれの通路を歩き、立ち止まり、働き、語らう。どの進路も開かれているように見えたし、実際「通行制限」という概念は存在しなかった。
――少なくとも、表向きは。
記者である私がその日、中央記録層の廃棄区画で見つけたのは、一冊の古い本だった。紙という素材自体が、すでにこの都市では博物館級だ。表紙にはこう記されていた。
「自由についてのベルン写本」
ページを開くと、機械仕掛けの図と共に、一文が目に飛び込んできた。
「君はまだ、自由の意味を誤解している。」
奇妙なことに、その瞬間、都市の音が遠のいた。人々の足音、搬送ドローンの羽音、情報広告の囁き――それらが膜一枚隔てた向こう側へ退いていく。
私はこれまで何百本もの記事を書いてきた。
「選択肢が最大化された社会」
「拘束なき労働環境」
「自己決定が保証された未来」
だが、その一文は私の内部で静かに反論を始めていた。
なぜ、誰もが同じような速度で歩いているのか。
なぜ、立ち止まる者はいても、引き返す者はいないのか。
なぜ、都市のどこにも“行かない”という選択肢が存在しないのか。
調査を進めるうちに、私は都市の基幹システムに埋め込まれた不可視の設計思想に行き当たった。リヴェルタスは人々に命令しない。ただ「最適な選択」を常に提示するだけだ。効率、幸福度、社会貢献度――あらゆる指標が可視化され、最も合理的な道が静かに光る。
誰も強制されていない。
だが、誰も逸脱しない。
ベルン写本の別のページには、こうあった。
「鎖とは、外から嵌められるものではない。
鎖とは、選ばせ続けることで内側に生成される。」
私は記事を書いた。都市の自由は、自由の形をした最適化であり、人間から“迷う権利”を奪っているのではないか、と。
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公開から三時間後、私の通行履歴は“推奨外行動”としてマークされた。職を失ったわけでも、拘束されたわけでもない。ただ、私に提示される選択肢の光が、少しだけ弱くなった。
それでも私は、回廊の端に立ち、あえて表示されない通路を見つめ続けている。
自由とは、与えられるものではない。
自由とは、理解されないことを引き受ける覚悟なのだと――
あの禁書は、確かにそう告げていた。
そして今日も、都市は完璧に機能している。
見えない鎖に、誰一人として気づかぬまま。




























