この世の景色。梨木香歩が描く静謐な日常と生命の深淵。心に深く染み入る圧倒的な描写力で、目に見えない世界の美しさを綴る珠玉の散文集。孤独を抱える魂を救い、日常の風景を鮮やかに塗り替える、一生手元に置きたい必読書。

本を閉じた後、窓の外に見えるいつもの風景が、まるで別の世界のように瑞々しく、あるいは切なく感じられる。そんな不思議な体験を、私は本書『この世の景色』を通じて味わいました。梨木香歩さんが綴る言葉の一つひとつは、静かな湖面に落ちる一滴の雫のように、私の心の奥底に波紋を広げていきます。そこにあるのは、劇的な事件でも、声高な主張でもありません。ただ、そこに在る「景色」と、それを享受する「生」の震えが、圧倒的な筆致で写し出されています。
本書を読み進める中で、最も私の心を打ったのは、著者が対象に向ける徹底した誠実さと、その奥に潜む畏怖の念です。実際に描写される草木の色、風の音、そして人々の営みの断片。それらは、単なる観察記録を越えて、この世界が持つ根源的な調和や、避けることのできない滅びの予感さえも内包しています。実際に、庭に咲く一輪の花や、旅先で出会った何気ない光景に触れるとき、私は自分が宇宙という壮大な流れの中の、ほんの小さな一部であることを再認識させられました。その感覚は、底知れぬ孤独を連れてくる一方で、言葉にできないほど深い安らぎを私に与えてくれました。
特筆すべきは、言語化することが極めて困難な「気配」や「予感」を、これほどまでに鮮やかに定着させている点です。実際に、彼女の言葉を追っていると、自分の皮膚感覚が研ぎ澄まされていくのが分かります。実際に、古い建物の匂いや、季節が入れ替わる瞬間の湿度の変化。それらを五感で感じ取るような読書体験は、情報の荒波にさらされている現代の私たちにとって、魂の呼吸を整えるための最も贅沢な休息となります。読み進めるうちに、私は「見る」という行為がいかに能動的で、慈しみに満ちたクリエイティブな営みであるかを痛感しました。
読み終えた後に残るのは、一編の美しい調べを聴いた後のような重厚な余韻と、自分の足元にある日常を、もう一度愛し直したいという静かな情熱です。本書は、絶望の淵にいる時、あるいは幸福の絶頂にいる時、そのどちらの魂にも等しく寄り添い、確かな手応えを残してくれるでしょう。
この一冊は、目に見えるものだけが世界の全てではないと信じたい人、そして、この世界の不確かな美しさに絶望しつつも、なお愛し続けたいと願う全ての大人たちへの贈り物です。梨木香歩という類稀なる表現者が捉えた『この世の景色』。あなたもその視線を借りて、自身の人生という景色を見つめ直してみませんか。そこには、昨日までは気づかなかった、真実の輝きが隠されているはずです。





























