「自由の楽園」と謳われる巨大電脳都市リヴェルタスを舞台に、空虚な輝きを放つ看板の裏側で静かに蠢く真実の抑圧を追い、システムが仕掛けた甘い罠と精神の隷属を暴こうとする孤独な記者の魂の記録を描いた異色の現代自由論。

リヴェルタス。その名は古の言葉で「自由」を意味する。

摩天楼の合間を縫うように飛び交うエア・カー、空を覆わんばかりの巨大なホログラム広告。街の至る所には、満面の笑みを浮かべる市民のポートレートと共に「LIBERTAS: WHERE FREEDOM REIGNS(自由が支配する場所)」という文字が躍っている。

記者であるカイトは、濡れたアスファルトに反射するネオンの海に立ち、その輝きを見上げていた。かつて、地方の貧民街からこの街にやってきた若き日の彼にとって、この光は希望そのものだった。しかし、真実を追う「記者」として十年の歳月を過ごした今のカイトには、それが市民の判断力を奪うための強烈な目眩(めくるめ)きにしか見えない。

この街では、あらゆる選択が「自由」に行われる。AIが個人の嗜好、遺伝子情報、過去の行動履歴を完璧に分析し、最も幸福を感じる食事、最も効率的な仕事、最も相性の良い結婚相手を提示する。人々は提示された「最適解」を自ら選ぶことで、自分が人生の主導権を握っていると確信していた。

だが、カイトは知っている。選択肢の外側にある「不便な真実」や「非効率な情熱」、そして体制に不都合な思想は、システムのフィルターによって静かに、跡形もなく抹消されていることを。

広場の壁面に描かれた、拳を突き上げる反逆のシンボルや平和の鳩。それさえも、人々の鬱積した不満を安全な範囲で排出させるために、当局が計算して描かせた「許可済みの抵抗」だ。抗議の声すらもデータとして回収され、次の管理システムの最適化に利用される。リヴェルタスにおいて、純粋な意味での「ハプニング」や「逸脱」は存在しないのだ。

ある夜、カイトは旧市街の片隅で、脳内リンクを物理的に切断した「未接続者」の老人に出会った。 「本当の自由とは何か、あんたにわかるか?」 老人は濁った瞳でカイトを見つめ、枯れた声で笑った。 「それは、システムに無視される権利だ。失敗する権利、そして誰にも最適化されない孤独を抱える権利だよ。ここは楽園じゃない。誰も出たがらない、世界で一番巨大な檻だ」

カイトは深夜のオフィスに戻り、古い型式のタイプライターに向かった。デジタルネットワークに繋がっていないこの機械だけが、検閲を逃れる唯一の手段だった。

彼は書き始めた。リヴェルタスの繁栄を支える「見えない鎖」について。人々が自ら進んで首を差し出している、アルゴリズムという名の幸福な隷属について。

「見えない鎖 ― 現代自由論異譚:リヴェルタスの記者」をBOOK☆WALKERで購入

書き終えた原稿をカバンに詰め、カイトは再び広場へ出た。巨大なビルボードでは、相変わらず「自由」を讃える人々が幸せそうに笑っている。彼は自身の脳内に埋め込まれたリンクのスイッチに指をかけ、それを「オフ」にした。

目の前の鮮やかな色彩が消え、冷たく静かな闇が街を包む。 視界に映るのは、ただの無機質なコンクリートの塊と、重苦しい曇り空。 しかし、カイトは初めて、自分の肺が取り込む空気の冷たさを、確かな実感として味わっていた。それはシステムが保証する多幸感よりもずっと重く、そして震えるほどに生々しい「自由」の感触だった。