昼は「他者への献身」に縛られ、夜は「自分らしさ」という消費に溺れる都市リヴェルタス。煌びやかな二面性の裏に潜む管理システムの正体と、真の自由を求めペンを握る記者カイトが辿り着く残酷な真実を描いた、現代自由論の新たな異譚。

リヴェルタスの空が黄金色に染まる午後5時、カイトは大通りのバナーを見上げていた。そこには「自由とは、誰にも縛られずに他者を想う力である」という、この街の憲法とも呼べる言葉が誇らしげに掲げられている。
市民たちは、ホログラムに表示された「コミュニティ・プロジェクト」に熱心に指を滑らせ、誰を助け、どのボランティアに参加するかを「自由」に選んでいる。誰もが礼儀正しく、他者の幸福を第一に考える模範的な市民だ。だが、カイトの耳には、彼らが身に着けているウェアラブルデバイスが刻む、微かな電子音が聞こえていた。それは、善行をスコア化し、報酬という餌で人々を「善意」へと誘導するシステムの拍動だった。
「昼の部はもうすぐ終わりか……」
時計が午後6時を回った瞬間、街の照明が切り替わった。黄金色の夕陽を模した光は消え、街は毒々しいほどに鮮やかなネオンの海へと姿を変える。これがリヴェルタスの「夜の顔」だ。
看板の文字が書き換わる。昼間の「献身」という文字は消え、代わりに巨大なピンクのネオンが「Be Yourself(自分らしくあれ)」と叫び始めた。
人々は一斉にジャケットを脱ぎ捨て、派手なストリートウェアに着替え、マーケットに並ぶ「個性的な」ガジェットやフードに群がる。昼間の慎ましさはどこへやら、誰もが「自分だけのスタイル」を誇示しようと躍起になっている。
カイトは、ネオンの下で自撮りに興じる若者たちの群れを通り抜けた。彼らが「自分らしさ」だと思って購入している最新のバイクも、ファッションも、実はすべてシステムが「今夜のトレンド」として配信した、計算済みのパッケージに過ぎない。
「昼は『みんなのため』に動かされ、夜は『自分のため』に買わされる。完璧なビジネスモデルだ」
カイトは路地裏に身を隠し、古いメモ帳を広げた。彼が掴んだ真実は、この街の「自由」が二進数のスイッチでしかないということだった。0(利他)と1(個性)。人々はその二つの檻を交互に行き来させられているだけで、檻の外にある「本当の混沌」を知ることはない。
システムの管理者たちは知っているのだ。24時間ずっと善人でいさせることは不可能だが、夜に「自分勝手でいい時間」をエサとして与えれば、昼間の管理は驚くほど容易になることを。
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カイトは「Be Yourself」という光の下で、皮肉にも全く同じ格好をした群衆を最後にもう一度眺めた。彼はペンを走らせる。
「リヴェルタスにおいて、自由とは『選ばされていること』を忘れるための麻酔である」
その記事が公開されることは、おそらくない。だが、カイトはこの煌びやかな檻の中で、唯一「選ばない」という自由を行使するために、今夜も闇の中へと姿を消した。




























